中国の武漢市で、昨年12月に新型コロナウイルスによる肺炎(以下、新型肺炎)が発症してから、武漢市を中心に感染が短期間で拡大した。

以降、日本やタイ、米国など世界28ヶ国・地域に広がり、海外でも2月1日に初めて死者が出た。WHOは1月30日、緊急事態を宣言した。米国をはじめ各種渡航制限を設ける国・地域も増え、ヒトやモノの移動がさらに鈍る恐れがあり、中国内外経済への影響に警戒が必要だ。

感染状況

中国政府発表によると、2月7日時点の新型肺炎の中国内感染者数は28,985人(前日比+3,143人)、死者は636人(同+73人)に達した。発症からわずか2ヶ月弱でSARSの感染者数及び死亡者数の両方を超えた。さらに2万6千人に感染の疑いがあり、18万人強の濃厚接触者が医学的観察を受けている。

また、WHOによると、2月6日時点で、中国本土、香港、マカオ、台湾以外では、シンガポール28人、日本・タイ25人、韓国23人、豪州14人、米国・ドイツ・マレーシア12人など、海外24ヶ国で216名の感染者が出ている。

政策対応

中国は感染拡大を防ぐために、春節休暇の大幅延長、公共交通機関や空港などの封鎖、海外団体旅行の禁止など厳格な措置を講じている。

中国国務院は、全土の春節休暇を3日間延長して2月2日までとする異例の措置を1月26日に発表した。さらに、新型肺炎が発生した湖北省は2月13日まで14日間の延長、北京や上海、広東省など23省・直轄市は2月9日まで10日間の延長を決めた。

特に、1月31日に新たに発表された首都・北京での休業延長が、ほかの地域の目安となりうるため、中国全土では実質少なくとも2月9日までの休業延長となる可能性が高い(図表1参照)。

【図表1】中国・感染拡大防止策
出所:公開情報より丸紅経済研究所作成

中国経済への影響

現時点で新型肺炎の収束時期は見通せないが、既に実施中の感染拡大防止策は、観光・小売などのサービス業を直撃しただけでなく、製造業の操業再開にも遅れをもたらしている。

中国で消費需要が1年で最も盛り上がるのが春節休暇。昨年は春節休暇(2月4日~10日)の7日間で、小売や飲食業における消費額が1兆元を突破した。さらに4億人超が国内観光を行い、消費額が5千億元を超えている。映画興行収入も1年で最も盛り上がり60億元に近づいた。これら3業種だけでも、1.5兆元超、2019年名目GDPの1.5%に相当しており、近年消費・サービス業比率の上昇を反映している。

また、湖北省では14日間の休暇延長が決定されており、全土で一律に10日間の延長となる可能性も高い。休業中、第1次産業及び第2次産業はほぼ全て止まり、第3次産業はライフラインなどの基礎消費が入っているため稼働が4割程度となる前提で試算すると、経済的影響は中国全土で計1.9兆元、2019年名目GDPの1.9%に当たると推定できる(図表2参照)。

【図表2】新型肺炎の感染拡大防止策の経済的影響の試算
出所:中国商務部、国家統計局統計より丸紅経済研究所試算
※第1次・2次産業:全額。第3次産業:全額の6割、ライフライン等の基礎消費を除く

最終的には、2020年の春節消費がどれくらい目減りしたか、10日間の全土休業などによる経済的損失がいくらになるか、統計も出ない現時点ではその試算が極めて難しい。2月3日に再開した上海株式市場は一時約‐8.7%の大幅下落となり、市場の動揺がうかがえる。

昨年末に開催された経済運営方針を決定する会合では、中国政府は2020年において自然体で「6%割れ」を容認する姿勢が確認された。ただ、5%割れなどハードランディングのリスクが高まれば、(1)大規模な財政出動、(2)政策金利の引き下げ、(3)不動産購入規制の撤廃など温存していた景気対策を駆使することが予想されるため、2020年通年で見れば、5%割れは回避されるだろう。

世界経済への影響

中国経済の世界経済に占める割合は、2003年の8.7%から2019年には19.3%に倍増している。仮に、中国経済が1%程度成長鈍化すれば、世界経済に‐0.2%の減速をもたらすとの計算である。国別で見る場合、インバウンドやチャイナマネー、資源・部材などの輸入を通じ、アジアや資源国などへの影響力が格段に大きくなっている。

例えば、インバウンドの場合、中国人の海外訪問者数がSARS当時2003年の2千万人から2018年には1億6千万人に拡大した。

特に、日本を訪れる中国人観光客数は、2003年日本が受け入れた外客全体の8.6%にとどまる45万人から、2019年には全体の3割に相当する959万人に急伸した。1月27日より海外団体旅行が中国当局に禁止されており、日本のインバウンド関連産業に大きな影響を与える恐れがある。

なお、訪日中国人旅行消費額の日本名目GDPに占める割合は、2003年では0.02%程度と試算されるが、今や0.3%に大幅に上昇しているようだ(図表3参照)。

【図表3】中国人インバウンドの日本経済への影響
出所:日本国土交通省観光庁
※丸紅経済研究所試算 ※※2018年名目GDPを使用

今後の留意点

実施中の感染拡大防止策がもたらしうる経済的悪影響を中心に考えてみたが、今後、感染の拡大を防ぐため、(1)中国内ヒト・モノ移動制限の強化、(2)経済活動の再開の遅れ、(3)渡航制限の拡大、が起きれば、中国・世界経済が一層大きな下振れリスクに直面するだろう。

例えば、米国やシンガポール、マレーシア、イタリア、豪州など、中国との間の渡航を制限する動きが増えている。仮に世界範囲でヒトの往来が著しく停滞するような事態となれば、観光・輸送・小売などのサービス業を直撃し、各国経済の混乱につながる。

また、中国内企業の活動再開がさらに遅れる場合、中国経済が減速するだけでなく、中国への依存が高いアジア経済、資源国も打撃を受ける恐れがある。さらに最も懸念されるのが、グローバルサプライチェーンを通じ世界経済への下押し圧力が一層高まることである。


コラム執筆:李雪連/丸紅株式会社 丸紅経済研究所 シニア・アナリスト